思わず散歩したくなる緑豊かな公園のそばにあるI夫妻の家。
そこには南側のバルコニーからやさしい陽光が降り注ぎ、身も心も自然体でいられるような柔らかな空間が広がっていました。
小説へ馳せた想い
今から約2年前、東京に暮らすご主人と京都でウエディング関係の仕事をしていた奥様は、将来的に東京で一緒に暮らすことを視野に入れ遠距離生活を送っていました。仕事が佳境に差し掛かっていたので、今すぐに家を探す、というスピード感ではありませんでしたが、ネットで見つけたとあるマガジンの記事がnuリノベ ーション(以下、nu)へ来社するきっかけとなり、話が進んでいったのだといいます。「前からリノベーションが気になっていたのでなんとなく調べていたら、実際にリノベした方が体験談を綴っている記事を見つけたんです。それを読んでみたら、やっぱりリノベって面白そう!今度東京に行く時、この方がお願いしたのと同じリノベ会社に行ってみよう!と彼に話したんです」と奥様。そのリノベ会社というのがnuで、物件探しから依頼することを決めたI夫妻。ご主人の職場に近く、出張にも行きやすいターミナル駅付近の物件をいくつか内見した後、ここだ!と感じた物件との運命的な出会いがあったといいます。それが今のお住まいで、お2人の大好きな小説『キッチン』(著:吉本ばなな)に登場するマンションのロケーションに近い、すぐそばに大きな公園のある物件。「実は私、内見には行けなかったので彼が室内の写真を送ってきてくれたものをチェックしていました。この物件だけは室内の写真そっちのけで公園の写真が15枚くらい送られてきて(笑)物件自体よりもこのロケーションが気に入っているという点が彼も私も同じだったんです」と奥様。「公園には小さな川も流れていて、緑が豊かで本当に気持ちが良いんです。ここじゃなければ物件購入を決められていなかったかも(笑)」とご主人。『キッチン』は喪失と再生を題材とした小説で、人の温もりの心強さを感じながら主人公が立ち直っていく様子が描かれています。この小説の、心をそっと包み込む暖かさが充満した空気感が好きだと取材中に何度も話してくださったI夫妻。小説へ馳せた想いが巡り合わせた物件で、いよいよ2人の家づくりがはじまります。
求めていた理想
設計中も京都で生活を送っていた奥様。デザイナーとの打合せはスカイプ中心で、実際にnuに来社したのは片手で数えられる程度だったそうですが、仕事の合間を縫って自分のイメージにしっくりとくる画像を気がづけば何十種類、何百種類と納得のいくまで探していったといいます。そうして辿り着いた理想は、木+白+差し色のゴールドを、少し影のあるようなニュアンストーンで構成した空間。「私たちの中ではどんなテイストにしたいとかではなく、トーンのバランスが重要だと感じていました。画像を見せて、この組合せのトーンの雰囲気が好きです!というかんじでデザイナーさんにイメージを伝えました」と当時を振り返るお2人。この家のどんなところが好きですか?と尋ねると、「玄関に一歩足を踏み入れれば、好きなもの全てが目に映るところ」と嬉しそうに答えてくださった奥様。I邸の寝室は玄関扉を開けてすぐの場所にあり、その先に洗面スペース、LDKへと続いています。どうやって入るの?と好奇心を掻き立てられるようなベッドルームは、「開放感と篭り感を同時に手に入れたい」と設計デザイナーに伝えた所、提案されたのがこの寝室だったそう。「案を出された瞬間から、このデザインをすごく気に入って。引き戸の高さは何度も熟考しましたがこの95cm弱というのが絶妙で、玄関から丸見えになりすぎず、中にいる時には程良い篭り感があります。本当に居心地が良いので、起床するのが億劫なくらいです(笑)」とにっこり笑います。それから引き戸のガラスを通じて視界に入るのはオープンな洗面スペース。ピカピカと輝く白いタイルの床に、佇むという言葉がしっくりとくる重厚感ある洗面台を配置しました。「洗面台の天板半分は作業台としてアイロンがけや洗濯物を畳んだり、彼女がお化粧をしたり。まさにユーティリティな空間ですね。こういう大胆な洗面室の在り方って自分たちだけでは思い浮かばなかったから、デザイナーさんに提案してもらえて良かったです」とご主人。扉を取り払った開放的な空間形成だからこそ、用途に様々な可能性を生み出しています。
洗面スペースを進んだ先に広がるのは、南側の窓から溢れんばかりの陽光が差し込むリビングです。コンクリート現しの躯体を白く塗装した、質感のある天井。木色と白色の中間のようなアッシュ色のフローリング。 刷け引きの風合いのある白塗装のキッチン。I邸のコンセプト『sugar』になぞらえ、砂糖のように白く柔らかい色調をベースにした空間が広がり、壁に設置した真鍮のランプも差し色に一役買っています。作り込んだ偽りの空間ではなく、そこで確かな日常が営まれている事を感じさせる人間味のある空間。人と人との温もりのような空気感が漂い、お2人が表現したかったという小説『キッチン』の世界観に通ずるものを感じます。キッチンは3m超のワイドスパンで、存在感がありながらも床から浮かせて壁付けしているため圧迫感が軽減されています。「パントリーに冷蔵庫や食器棚を置くつもりだったので、壁一面にキッチンを構えるのもアリだなって。その方が中途半端に壁を残すより潔いと思ったし、広くて料理もしやすいんです!」と明るく話すご主人。キッチンのビジュアルに結構なこだわりがあったご主人は、DIYで元々木色だった扉をsugar色に塗装したのだとか。
そしてこの家のシンボル的存在として、リビングの壁面に2冊ずつ飾られた同じ本。同じ2冊だけれど、ハードカバーの色褪せ方が微妙に違うこれらは、たまたま好きな本が同じだったというお2人が互いの家から持ち寄ったものです。もちろん「キッチン」も一緒に肩を並べています。「私たちは新しい本をどんどん開拓していくというより、好きな本を何度も読み返すことの方が好きなんです。本棚から今日の1冊を選んで、デイベッドや床に座ってゆっくりと本を読む。休日はそんな感じでまったり過ごしています」。
sugar色の余白
取材に伺ったのは午前10時30分を少し回った頃。太陽が少し雲隠れしていたのに、気がつけばバルコニーからたっぷりと陽光が差し込んできました。「陽が入らないと、この家の魅力が伝えきれないと思って。晴れた土曜日の朝、陽の光が白く塗装された天井やフローリングの最後の彩りとして柔らかさを演出してくれて、とても気持ちがいいです」とご主人。仕事のある平日は冬だと起床時間に日が昇っていないこともあるそうで、だからこそ土曜日の朝は特別なものなんだと清々しく話します。平日の忙しさから切り離した2人の休日は、その日の気分でレコードを聞いたり料理をしたり、それとも公園にお散歩に行ったり、本を読んだり…。『sugar』色の余白を「どんな色で彩るか」考えるように過ごす手付かずの休日のよう。夫妻の世界観に包まれたこの家に2人色の彩りを塗り足しながら、新たなストーリーを綴っていきます。