細部までこだわり抜いた素材や納まり、思い入れのあるアンティーク家具たち。家族の思い出と好奇心で彩られた、自由なキャンバスのようなO邸を訪ねました。
確かなものを求めて
神奈川県横浜市。落ち着いた街並みに溶け込むベージュ色のタイル貼りのマンションが、Oさん一家がリノベーションをして暮らすご自宅です。玄関扉を開けるとまず目に飛び込んでくるのは、右手にモールテックスのロフト、左手にはブリックタイルを張り込んだ独立壁、そして部屋の一番奥まで突き抜ける無垢チークのヘリンボーン床。家づくりは今回で3回目だというOさんのこだわりが余すところなく落とし込まれた空間です。
「一回目のリノベーションはもう10年以上前になるんですが、今回の家づくりをどこにお願いしようかなと考えた時に当時の雑誌を見返そうと思い立ったんです。ここ数年のリノベブームで一気に会社の数が増えましたが、ずっとリノベに取り組んでいる会社にお願いしたいなという思いがあって。10年前の記事や今の評判を見比べて、現在も実績を積んでいるリノベ会社をいくつかピックアップしてお話を聞きました」とご主人。
その中で候補に上がったnu リノベーション ( 以下、nu)には電話で問合せ。その後アドバイザーと物件探しをスタートしましたが、当初希望していた都内のエリアでは購入に至る物件がなかなか見つからず、歯痒い思いをされていたといいます。
「タイミングや条件が合わなくて。都内には縁がないのかな…と思い切って横浜にエリアを広げてみたところ、ちょうどこの物件が出ていたんです。都内に比べると同じ価格帯でもここまで広さが確保できるのは、元気盛りの息子たちがいる我が家にはとても魅力的でした」と振り返るご主人。角部屋でリノベーションの選択肢が多そうだと感じた点も、この家にしようと決断した決め手だったといいます。
「夫婦揃って想定していなかった横浜エリアという展開でしたが、もう時期生まれる3人目も男の子だということがわかって。この広さは結果的にいい決断だったなと思います」とご主人。“物件購入はご縁”という言葉をよく耳にしますが、まさにそのご縁に引き寄せられるようにこの物件に辿り着いたOさん一家。早速、設計デザインの打合せがスタートしました。
フリースタイル
内見した当初から「ワンルームにする」ということは決めていたOさん。初回のプレゼンテーションではその前提のもと、複数のプランを提案してもらったといいます。「壁を立てるとその分コストもかかるし、何より部屋が狭くなるのが嫌だと思っていて。壁をつくらなくても、空間を仕切る方法はいくらでもありますし、家族の暮らしに合わせて自由に使い方を変えていける家にしたかったんです」とご主人。最終的に出来上がったのはキッチン横の独立壁と水回りを囲う壁、そして玄関横に設えたロフト以外には一切壁のないワンルームで、約110m²の広さに対して扉はたった2枚という驚異的な間取り。まさにO邸のコンセプト「UNITY」を彷彿とさせる空間です。「ワンルームですが適度に遮るものがあって、ちょっと隠れたいときや、夜子供が寝た後にリビングだけ灯りをつけたい時などもそこまで不便を感じることはないんです」と話す奥様。その言葉の通り、最小限に立てられた壁の内側には様々な裏動線が隠されていて、家の中を歩き回っていると探検をしているようなワクワクとした気持ちになります。まず、お風呂やトイレがまとまっている白い壁の裏動線にあたる北側の窓沿いには幅3.2mのデスクとベンチを造作。大きな出窓の開放感がこの上なく気持ちの良い、家族のワークスペースになっています。「オフィスの “フリーアドレス”の考え方と同じで。家族それぞれが、勉強や工作でも、家事でも仕事でも、好きな場所で思い思いに過ごせるようにと設えました」とご主人。ワークスペースを抜けると玄関横のロフトに回遊できるようになっていて、現在は上を奥様とお子様の寝室、下をご主人の寝室兼収納として使っているといいます。『家の中に階段が欲しい!』という息子さんのリクエストもあって造作したロフトだったといいますが、その階段のデザインには設計デザイナーとOさんの並々ならぬこだわりが。施工担当も交えて何度も打合せをしたそうですが、モールテックスの壁から長方形の塊が突き出しているようなそのシルエットは、重厚な物体が宙に浮かんでいるような不思議な錯覚を感じさせるデザイン。無駄なものを極限まで削ぎ落としたミニマルな見た目に反して内部は頑丈に造り込まれており、安全性もしっかりと確保されています。確かなデザインと技術力を重視するOさんの思いが具現化されたような、洗練された設えに仕上がりました。
O邸のもう一つの裏動線にあたるブリックタイル貼りの独立壁の内側には、パントリーとWICがひと続きにレイアウトされています。奥様いわく、「主人は収納はオープン派、私は隠したい派だったので、折衷案のような感じですね(笑)。メイン空間にいると全て隠れているけど、収納の中はオープンなのでお互いにストレスフリー。大満足です!」。食器棚として使う予定だったキッチン背面のオープンシェルフには、ご夫婦作の帆船模型やお子様の工作作品が飾られていて、重厚感のあるインテリアにやさしいアクセントを加えています。また、オープンシェルフの隣に置かれた食器棚やダイニングセットなどはご主人のご実家で使っていたもので、アンティーク家具好きのお母様から譲り受けたものだといいます。「母の影響か、私もアンティーク家具が好きで。譲り受けたものに加えて、ショップで購入した照明やキャビネットなどもあります。特に気に入っているダイニングのシャンデリアは19世紀のフランス製、書斎デスクの周りに吊り下げている照明は、終戦後にアメリカのデザインを取り入れてイタリアで製作されたもので…」と家具たちのエピソードを語るご主人の横顔からは、アンティークへの愛情がひしひしと伝わってきます。一つひとつのアイテムが当時の時代背景を感じさせる個性的なデザインですが、照明器具には共通して真鍮素材が使われていて、リノベーションでも見切り材や建具の金具に同じ素材を採用しています。独立壁のブリックタイルも、古材を再利用して、あえて一部が欠けていたり朽ち果てたような味わい深い素材を採用することで、空間に統一感を演出しました。
「デザイナーさんや施工担当の方も『いい空間をつくりたい』という熱意を感じる方々で。現場で打合せをする中で決まったことも多々ありましたが、いつも親身になって提案してくださったので、やりたいことは全部できたなと満足しています」とご主人。レンジフードからのびる排気ダクトのルートも、現場打合せで最終的な納まりを決めたポイントの一つ。キッチンを既存の位置から大きく動かしたことで空間を横断させる必要があったダクトを独立壁に這わせるようにレイアウトすることで、壁の上部に忍ばせた間接照明が躯体現しの天井を美しく照らし出し、まるでヨーロッパの歴史ある工場地帯のような雰囲気をつくり出しています。
汽笛に夢を乗せて
広々としたO邸の中で圧倒的な存在感を放っている鉄道ジオラマは、ご主人がご実家で眠らせていたものをリノベーションを期に引き取ってきたもの。床の段差に合わせて土台もご主人がDIYしたという、ロマンの詰まった空間です。
「日中に息子たちとジオラマで遊ぶこともあるし、夜、子供達が寝た後に妻が作るのを手伝ってくれることもあって。仕事が終わった後はデジタルデトックスというか、アルコールランプのあかりで1人で眺めていることもあります。心がリセットされる時間ですね」。「こういう世界観が好きなのは知っていましたが、ここまでスケールが大きいとは思っていなくて!夜な夜な汽笛の音が聞こえてくるんですよ(笑)」と奥様も朗らかに続けます。取材中もお父さんの膝の上で興味深そうにジオラマを見つめたり、線路沿いに恐竜のフィギュアを並べて見せてくれる息子さんたちの笑い声が響き渡り、終始楽しい空気に包まれたOさん一家。「子供たちにも、この家を自由に楽しんで欲しい。自分のお気に入りの空間を見つけて、自由に居場所をつくっていって欲しい」。そんなお二人の思いが詰まったこの家でリズミカルに煙を上げて走る汽車のように、家族の賑やかな日常が回り続けていきます。