玄関からリビングの奥までを一直線に横断する木の壁や、ギャラリーのようなモールテックスの床など。アートディレクターのご主人がこだわり抜いた、3人家族のお住まいをご紹介します。
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クリエイターの家づくり
東京都町田市に建つ、見晴らしのいいマンションの一室。ここに暮らすのは、アートディレクターのご主人と奥様、中学生の娘さんの3人家族です。以前も同じエリアの賃貸に暮らしていましたが、昨年中古マンションを購入し、フルリノベーションしたT一家。そのきっかけについて奥様は、「主人が中国出身で海外での仕事も多かったので、引越しがしやすいよう賃貸に暮らしていたのですが、日本に永住することが決まったので家を買おうという話になりました」。賃貸で暮らしていたのは戸建でしたが、将来的に娘さんが巣立ち、夫婦2人暮らしになることを見据えて、メンテナンスの手間がかかりにくいマンションにシフト。最初は新築を含め、色んな物件を見て回ったそうですが、中々いいと思える物件には出合えなかったといいます。「元々自分の好きなデザインの家をつくりたいと思っていたので、既製の住宅の内装には中々満足できなくて。それならリノベーションでゼロから家をつくりたいと思い、リノベ会社を探しました」とご主人。ネットでヒットしたnuリノベーション(以下、nu)に来社し、まずは物件探しをスタート。娘さんが学校に通いやすいようエリアを小田急線沿いに絞り、譲れない条件として“眺望の良さ”を担当アドバイザーに伝えたといいます。こうして巡り合ったのが、小高い丘の上に建つ広さ約76m²の物件でした。「2面の大きな窓から本当に素敵な景色が見えるんですよ。夜は東京タワーや横浜の夜景も見えて、昼とはまた違った印象になるので楽しいです。それにこのフロアには他の住戸が無いので静かに暮らせそうな点も魅力的でした」とT夫妻。眺望や周辺環境など、リノベで改善できない部分に目を向けて物件探しをすることで、より心地のいい暮らしを築いていきます。
こだわりのline
「自分のスタイルやデザインの好みが確立されていたこともあり、家に対してもこうしたいという明確な要望がありました」と話すご主人。そこで家づくりの要となったのが、コンセプトにもなっている“line”でした。玄関からリビングの奥までを一直線に横断する、グリッド状の木で構成された壁はまさにT邸のアイデンティティ。この木の壁を起点にLDKと各個室がプランニングされています。また間仕切りとしてだけでなく、収納としての役割も担い、ここに計7箇所の収納が設えられています。「ミニマルな空間にしたかったので、隠す収納が必須でした。それをデザイナーさんに伝えたところ、この壁沿いに隠す収納を設けたデザインを提案してくださって。これなら生活感も隠せるし、収納自体の佇まいも美しくて気に入っています」と奥様。扉には取っ手を付けずに、一部を切り欠いた手掛けを採用。指のサイズに合わせた幅23mmの手掛けは、扉をストレスなく開けることができ、全体のデザインにも邪魔をしない絶妙なバランスで設計されています。それから、最も予算を投下したというのがモールテックスの床。「コンクリートの無機質な感じが好きだということをデザイナーさんに伝えた際に、モールテックスという素材を提案してもらって。最初はグレーのタイルもいいなと思っていたんですが、冷たい印象になりすぎるのとタイルは目地が出てくるので。シームレスでミニマルな雰囲気を実現するためにもモールテックスを選びました」とご主人。モールテックスのカラーは、木の壁とのバランスを重視して一番明るいグレーで塗装。自然な風合いを目指して、程よくムラ感のあるテクスチャーに仕上げました。無機質な床がクールな印象を放ちながらも、ほのかに温かみのある木の壁と融合し、無機と有機のコントラストが表れたスタイリッシュな空間に仕上がっています。
造形美を放つモールテックスのキッチンは、ダイニングテーブルと一体化させたシームレスなデザイン。空間にメリハリをつけるためにあえてボリュームを出し、見事な重厚感がありながらも直線美を意識した無駄のないデザインが空間全体と調和しています。「“シームレス”が家づくりのテーマの1つだったので、ダイニングテーブルと一体化したキッチンにしたかったんです。ダイニングにはルイスポールセンのペンダントとYチェアを置くことを前提に、デザイナーさんと話し合いながらデザインを決めていきました。食事をする時以外にも、ここで仕事をしたり本を読みながらくつろいだり。リビングにいる時間より長いかもしれません」と、嬉しそうに話してくださったご主人。実際にダイニングに腰をかけさせていただくと、梁が下り天井のような役割を担い、なんともいえない落ち着いた雰囲気に包まれていました。またキッチンのモールテックスは床と同じ色を使いつつも、左官の仕上げに微妙な変化を持たせ、滑らかでムラの少ないテクスチャーに仕上げています。一方、収納に強いこだわりを見せたのは奥様。「キッチンで一番こだわったのは収納です。物がごちゃごちゃしているのが嫌だったので、隠す収納を徹底しました。例えばキッチンの後ろはカップボードや冷蔵庫を完全に隠せるよう引き戸をつけたり、生活感の出やすい家電はリビングから見えないキッチンの奥まった箇所に収納を設けました。賃貸のキッチンと広さこそ変わっていないですが、自分に合った収納のおかげで快適に使えるようになりました」と、にっこり。意匠性と機能性を兼ね備えた自分たち仕様のキッチンが、日々の暮らしをより豊かなものへと仕立て上げます。
ミニマルに宿る美しさ
「物事を考える時、空間がスッキリしている方が考えも纏まりやすいので」というT夫妻の言葉通り、隠す収納が徹底されたリビングには、モールテックスの床も相まってギャラリーのような静謐な雰囲気が漂っています。その空気感を掻き立てている要素の一つは、選び抜かれた最小限のインテリア。約17畳の広々としたLDKに置かれているのは2脚のデザイナーズチェアのみで、そのうちの1脚はマルセル・ブロイヤーの名作『ワシリーチェア』。これは以前のお住まいから使っている大切な椅子であることを話してくださいました。「リノベーションに合わせて新しいソファを買うことも検討していましたが、ミニマルな暮らしを心掛けているので、『それならこの椅子は処分する?』という話になったんです。でも、『この椅子は、この家のアイデンティティだからキープしよう』と主人と話して、ソファを買うのはやめました。ただ持ち物を減らすのではなく、必要なものだけを選び抜くことが大切ですね」と奥様。無駄を削ぎ落とし、シンプルの美的感覚を究極まで追求した空間に、厳選されたアイテムだけが並ぶT邸。ミニマルな空間だからこそ、そこにあるものの美しさが映えるのだということを感じました。これからもミニマルな暮らしが、T一家の日々をより豊かにしていくことでしょう。