ルイス・バラガン、イームズ、ジョージア・オキーフ……。異国のアーティストたちの自邸からインスピレーションを受けた住まいには、ミッドセンチュリーの空気と飽くなき探究心がありました。
直感と確信
渋谷から電車で約10分、駅前の商店街を抜けた住宅地に立つ中古マンションに住むのは、OさんとKさん、そして2匹のネコちゃんです。Oさんは大学教員、Kさんはファッション関係のバイヤーをしていることもあり、趣味嗜好や価値観がはっきりしているお二人。特にOさんは、「雑誌Subsequence(サブシークエンス)の世界観が好きなんです。雑貨屋だと、羽根木の<Out of museum>や祐天寺の<SEIN>によく行きますね」と話すほど、エッジの効いた感性の持ち主です。
以前は賃貸に住んでいましたが、モノが多く収納が間に合っていなかったこと、集めていたお気に入りの家具が映える空間に住みたいと思っていたことから、いつかリノベーションをしたいと考えていたと言います。「インスタグラムやインターネットで色んな会社の事例を見ましたが、nuリノベーション(以下nu)さんの事例はノイズが圧倒的に少なくて、そこに惹かれました。早速nuのオフィスに行ってスタッフと話してみたら、私たちの感覚とズレがなさそう、ここなら大丈夫そうだなって。直感で決めましたね」と、OさんとKさん。こうしてnuに即決し、物件探しから依頼することにしました。
実はお二人、nuに問合せする前に自分たちで見つけた好条件の物件があったものの、他の希望者が成約してしまい断念したことがあったそう。その物件があまりに良かったためにハードルが上がってしまい、nuとの物件探しも長期戦になったと言います。「めちゃめちゃかかりましたよ、1年くらいかけて10軒以上内見しました」と振り返りますが、最後にこの築40年のマンションにたどり着いたときは、ものの10分で即決したのだとか。「築40年にしては共用部が綺麗で、ちゃんと管理されているなと。部屋は結構古めかしかったんですけど、これはリノベし甲斐があるなって(笑)。それに、このエリアは古着屋や飲み屋がたくさんあるから、住んだら楽しいかなと」と、Oさん。調べごとが得意なOさんは、自らこのマンションの修繕計画や修繕金の積み立て状況を調査し、nuのアドバイザーにも問題ないか確認してOKをもらったそうです。さらに、中国出身のKさんは風水を重んじており、物件内の動画を撮影して中国在住の風水の先生に見てもらったそう。こうして、プロ2人から太鼓判をおしてもらい、安心して購入に踏み切りました。
「実は、担当してくれたアドバイザーさんが自社でリノベーションしていて、参考にご自宅を見せてくれたんです。私たちがお酒を持っていったので、ちょっと飲みながらお話しして(笑)。空間のノイズを無くすために細かいラインを揃えていたり、無駄なスペースを削ったりしていて、こんなに細かい部分まで綺麗につくれることにビックリ。真似したい点がたくさんありました」と、お二人。こうして、期待に溢れる中でリノベーションが始まりました。
ディテールの美
「持ち込む家具が多かったので、あまりつくり込まず、家具のレイアウトを自由に変えられるような“シンプルなハコ”をつくって欲しいとお願いしました。間取りは2LDKで、収納もたっぷり欲しかったのでWICとSICも希望しました」と、お二人。そんなご要望に対して設計デザイナーは、『ハコのうつろい』というコンセプトを提案し、うつろう暮らしに合わせて変わる、シンプルで愛しいハコをイメージしました。
LDKは17.9畳と、全体の半分以上を占める広さに。壁は白の塗装、天井は躯体現し、床はオークフローリングで、リノベーションならではの質感を楽しめる内装に仕上げました。「床材は細かいピッチにするとノイズが増えるので、190mmと幅広のフローリングにしました。こうした知識もめちゃめちゃ調べたんです、建築系のYOUTUBEもたくさん見て」と、Oさんは笑います。
書斎と寝室は、LDKと表情を変えてブラックチェリーのフローリングと白クロスの壁に。コストコントロール重視で、極力シンプルな空間に留めました。
また、見学したアドバイザーの家を踏襲して洗面台を廊下に設置し、洗面台の下部に洗濯乾燥機も収めることで、従来の洗面室を無くすことに成功。63.37㎡の限られた面積を最大限活かす間取りを実現しました。
キッチンは壁付け型にすることで空間を有効活用。全長3500mmとたっぷりサイズで造作して、キッチン横には冷蔵庫と食材のストックを目隠し収納できるパントリーも設けました。持ち込む家具の多くが赤みのあるチーク材だったことから、キッチン正面のタイルには補色関係になるグリーンを採用。インテリアグリーンとも相性の良い、落ち着いたトーンの空間に仕上げました。
ここからは、随所で目を楽しませてくれる意匠と色遣いについて。もともと大のインテリア好きで、インテリア雑誌や本もよく見ていたというお二人。特にOさんは、イームズ邸のテイストやルイス・バラガン邸の鮮やかな色遣いに心酔しており、今回のリノベーションにもそれらの要素を取り入れることにしました。滞在時間が短いWICにはビビッドなイエローの壁紙、トイレにはピンクの壁紙を採用。玄関扉の内側は風水で良いとされる赤に塗装し、洗面台のタイル目地はそれとリンクするピンクを採用しました。「私たちの洋服がダーク系ばかりなので、家の中に明るい色があるといいですね」と、Kさんは頷きます。
LDKには、女流画家のジョージア・オキーフ邸からインスピレーションを受けたアール壁を採用し、リビングと寝室の間仕切り壁には、ニューメキシコの建築を彷彿とさせる丸い穴を3つ設けました。この穴は、もともとOさんが「通気口を付けてほしい」とリクエストしたものを、設計デザイナーがインテリア性を兼ねたデザインにしてくれたのだとか。また、扉やスイッチプレートの位置など細部までこだわりを追求したOさん。
WICやトイレの扉は、閉めた状態が面一(フラット)になるよう枠のない扉を造作し、美しく納めることに成功。これは、既製品の建具では実現できない造作ならではのポイントです。さらに、ドアノブとスイッチプレートの位置を意図的に揃えることでノイズを減らし、シンプルなハコをさらに洗練された空間に仕上げました。こうして機能性も意匠性も妥協のない住まいが完成しました。
5年後にまた
この家に住んでまだ3ヶ月ながら、OさんとKさんはすっかりこの家を住みこなしているようです。
「いやぁもう、使い勝手が抜群にいいです。賃貸では建具が目に入るたびに色や形状にストレスを感じていたのですが、造作の扉にしてそれが無くなったのが一番大きいかな。家って自分が満足しているかどうかが一番大事だと思いますが、それで言うと満足度はかなり高いですね。自分の中に余裕が出来たかもしれません。『僕、いい家に住んでいますよ』みたいな(笑)」とOさん。今のところ、二人合わせて100足を超えるシューズと膨大な洋服も収まっていて、収納問題も解決しているそうです。
お気に入りの家具は、奈良のヴィンテージ家具屋<スワンキーシステムズ>で購入したダイニングテーブル、3つ保有しているジョージ・ネルソンのバブルランプ、オークションで購入したイームズのラウンジチェア。北欧ヴィンテージのキャビネットには民芸雑貨や建築関係の洋書をずらりと並べていて、目に入るたびに嬉しい気持ちになります。まだまだ欲しい家具がたくさんあるのに、置き場所がないのが目下の悩みなのだとか。
「この家に帰って来られると思うと、仕事も頑張れるようになりました。ネコたちも幸せそうに暮らしていて、すごく平和な毎日です。プロジェクターでフランス映画を観る時間もいいんですよ」と、Kさん。一方Oさんは、書斎を持てたことで授業の準備や論文執筆を深夜まで出来るようになり、生産性も上がったそう。得意の料理にもますます力が入り、友人に料理を振舞うこともあると言います。
物件探しから長期に渡ったリノベーションでしたが、その総括はー。
「僕はすごく楽しかったです。nuの皆さんと、感覚とセンスを共有できたのが大きかったですね。スタッフの皆さんは出来ないことは出来ないと言ってくれるし、それ以上に細かい提案をしてくださったのも良かった。本当はもっとどんどんリノベしたいんですよ。とりあえず5年後くらいに、別の広い家でやりたい(笑)」と、Oさん。Kさんが続けます。
「私たち、細かくてうるさいお客さんだったと思うんです。それでも、スタッフの皆さんは嫌な顔ひとつせず忍耐強く付き合ってくださったし、辞めた方がいいことはハッキリそう言ってくれました。nuさんで間違いなかったですね。妥協したくない人にこそおすすめしたいです」。
満足そうに振り返るお二人と、思い思いにくつろぐネコちゃんたち。OさんとKさんのリノベーション・ストーリーは、まだまだ終わらないようです。
Interview & text 安藤小百合