まるでミルクに溶け込むエスプレッソのように馴染み合う、上質さと清潔感のある白タイル、部位ごとに樹種の異なる木、アクセントの真鍮…。長年のアイデアを具現化した空間には、永遠のリノベーション愛がありました。
「いつか」の到来
横浜市内の穏やかな住宅地。小高い丘の上に立つマンションの一室に住むのは、Sさんご夫婦と1歳8カ月(取材時)の娘さんです。結婚した2020年当時、すぐ持ち家を買うのか、当面は賃貸に住むのか決めかねていたSさんは、結論が出るまで奥様のご実家に同居させてもらうことに。ファイナンシャルプランナーと人生計画を考えた末、マイホーム購入を決意したと言います。
「私は昔からインテリアや部屋の模様替えが大好きで、すぐに建てるわけでもないのに建築家さんのブログを読んだりしていました(笑)。なので、いつか家を持つとしたら、とことん自分の好きなようにつくりたいと思っていましたね。防犯面やメンテナンスのことを考えると戸建てよりもマンションの方がいいと気付いたけど、最低でも85㎡以上は欲しくて。予算は限られているから、それなら新築よりも中古リノベだなって」と、奥様は振り返ります。
共働きで多忙なSさんは、物件探しからリノベーションまでワンストップで引き受けてくれるリノベーション会社がいいと、nuリノベーション(以下、nu)を含めた2社にコンタクト。nuとの出会いは、ウェブマガジン<トコシエ>に掲載されているnuの施工事例を見たのがきっかけだったそうです。nuに物件を探してもらいつつ、ご自身でも検索していたところ、偶然見つけたのが今お住まいの物件でしたが…。
「実はここ、私が育ったマンションで、実家は我が家の2階下にあるんです。築30年だけど96㎡もあるし、管理組合もちゃんとしている。nuさんとは全部で4軒内見しましたが、やっぱりここがいいと即決しました」と、頬を緩ませる奥様。窓の先には新幹線の線路があり、今後マンションやビルが建って景観が崩れる心配がないことも決め手になりました。
グイグイ来るタイプの営業スタイルが苦手というご夫婦は、奥様曰く「ゴリゴリしていない」nuスタッフの応対に安心感があったそう。一緒に物件を内見した際には、その場でリノベーションのアイデアを出してくれたことも頼もしかったと言います。
「せっかく中古物件を買っても、構造的にやりたいリノベができなかったら意味ないじゃないですか。だから、その場でアドバイザーさんが水まわりの可動範囲や壊せる壁か否かを教えてくれたのはすごく助かりました」。こうして、長年の夢である理想の住まいづくりが動き出しました。
思惑通り
デザインの参考にしたのは、Pinterest(ピンタレスト)の海外事例や、Netflixの『ドリームホーム』(※)。それらを見る中で、リビングの壁面いっぱいに本棚をつくりたいと思うようになったと言います。
「自分で素敵な本棚を探して買ってもいいんですけど、壁面いっぱいのサイズってなかなか無いので、それなら最初からピッタリサイズで造作してもらおうと思って。『ドリームホーム』を見てもらえれば、うちがいかにそれを参考にしたか分かると思います(笑)」。
圧倒的な存在感を放つこの本棚は、見せる収納と隠す収納をバランスよく持ち、たくさんのオーナメントを飾っても余白があるよう、ゆったりと設計しました。海外風と言っても華美なモールディングは付けず、下部の框扉もシンプルなデザインにしたことで、洗練された印象を与えています。
完成した念願の造作本棚には洋書やオブジェを飾って、理想のディスプレイをとことん追求中。季節ごとにクッションカバーやベッドリネンも替えて、家全体の模様替えを楽しんでいるそうです。
「ちなみに、海外事例を検索するときは、日本語ではなく英語表記にするとヒットしやすいんですよ」と、奥様。
奥様が理想とする本格的な海外邸宅のようなインテリアづくりは、どうやらアイデアの検索段階から明暗が分かれていたようです。
(※)『ドリームホーム』:家の模様替えをする海外リアリティ番組。
LDKのアイコンであるキッチンエリアは、「私は料理をするとき要領よくスペースを使えないので、ゆとりを持てるようにⅡ型にしてもらいました。コストコントロールもしつつ、見える部分には命をかけましたね(笑)」と、奥様。
造作の作業カウンターにはコンセントも設え、コーヒーマシンを置いたり、将来お子さんとお菓子をつくったりできるようにしてあります。
キッチン正面の壁にあしらった正方形の白タイルとグレーの目地は、Pinterestで見た海外事例を参考にしたもの。よくある長方形のタイルよりものびやかさがあり、キッチンエリアをより広く見せています。
また、個室は極力狭く、そのぶんLDKを広くすることを希望し、24.9畳の広々LDKを実現したSさん。効率よく動ける動線、将来お子さんが帰宅したときに必ずリビングを通る動線も叶えました。リビングと居室をつなぐ通路の壁面をWICにすることで、無駄な廊下を無くすことにも成功。
「WIC入り口のカーテンを閉めれば、LDK側はパブリック空間、WIC・個室側はプライベート空間になります。来客時にはこれがとても重宝します」と、奥様。WICの収納棚はIKEAのモジュール式チェストを使いSさんが自作。今は家族の寝室として使っている個室は将来2部屋に分けられるよう、あらかじめ入り口を2つ設置しました。
間取り面でもう一つ、Sさんのこだわりが現れているのがアーチ開口の先に広がる水回りスペース。
「すごくいいのが、洗面室・浴室・脱衣所の位置関係です。洗面室と脱衣所の間に浴室を置いたことで、余計な仕切りはないのに、角度的に洗面室からは脱衣所も洗濯機も見えないんです。このアイデアはありがたかったですね。パントリーもつくってもらえたし、いい感じに生活感を隠せています」と、奥様は頷きます。
アクタスやIKEAで購入したという室内グリーンが元気いっぱいなのは、S邸の“気”が良い証拠。「メキメキ大きくなるので、鉢を植え替えたんですよ」と、ご夫婦は笑います。壁や仕切りが最小限なぶん、窓からの自然光が奥まで差し込み、日中は照明なしで過ごせるのだそう。「母が遊びに来ると、『アンタんちは明るいわぁ~』と言いますね(笑)。実家は角部屋なので、物理的には実家の方が明るいはずなのに」と、奥様は目を細めます。
受け継がれるリノベ愛
住むことを愉しんでいて、家が愛されている。S邸にいると、それが空気で伝わってきます。
お気に入りのインテリアについて尋ねると、ダイニング周りを挙げてくださった奥様。テーブルは静岡の老舗家具メーカー『起立木工』のもので、ウォルナット材のダイニングテーブルは高級感があり、ほっこりしないのが選んだ理由なのだそう。4脚揃ったYチェアは長年の憧れで、「独身時代から貯めていた家具貯金をつぎ込みました(笑)」と、奥様。レ・クリントの円形の照明や洗面室のアーチ開口、丸いミラーは、四角い空間に柔らかさを加えています。
「リノベ中は毎週の打合せが楽しすぎて、テンションが上がりっぱなしでした。帰りの電車でまた調べて、その場で設計デザイナーさんにメールしちゃうみたいな(笑)。きっと『この人めっちゃすぐレス返ってくるな…』と思われていたでしょうね」と、笑う奥様。打合せが終わってしまうこと、家が出来上がっていくことが、寂しくて仕方なかったと言います。
「それくらい楽しかったんです。人生が何度も無いのが残念なくらい、何回でもリノベーションしたい。『もうこの家イヤだ、またリノベーションしたい!』と思わなくて済むように、この家を更新しつづけないと(笑)」と、奥様は部屋を見渡します。
そんな奥様をやさしく見守るご主人は、奥様のリノベーション熱が100に対してご自身はゼロだったと振り返りますが、興味本位で一緒に取り組んでみたら、意外にも発見や面白味があったそう。
「夫婦でリノベーションへの熱量に違いがあったとしても、一旦巻き込まれてみたらいいと思います(笑)。振り返ってみるとなんだかんだ楽しかったなと思いますし、最近は『ずっと大切にしていきたい』という気持ちが芽生えるほど、いい家になってきました」と、ご主人。
奥様のリードで進んだリノベーションは、家族がそれぞれに愛着を感じられる愛おしい空間に仕上がったよう。また、奥様のご紹介で妹さんがnuでリノベーションすることが決まったばかりだそうで、「私も打合せに同席しようかな」と、奥様はいたずらっぽく笑います。どうやら、奥様のリノベーション体験はまだまだ終わらないようです。
Interview & text 安藤小百合