
設計士の奥様の想いが随所に織り込まれたあたたかな空間。30cmの「低さ」や、明るさを抑えたライティング計画など、引き算で導き出した過ごしやすさとは。
質へのこだわり
シナ合板のやさしい質感、無垢の杉フローリング、ふんわりとした風合いのエッグペイントの壁。空間全体を自然素材で設えたリラクシーな雰囲気が漂うこの家で暮らしているのは、昨年中古マンションを購入してフルリノベーションを行ったY夫妻です。
奥様は事業系の大型施設を手がける設計士で、自身の価値観を反映させた家づくりをするのは自然な選択肢だったそう。物件はすでにご自身で目星をつけていたため、リノベーションのみ依頼するつもりで会社を探し始めたと言います。
「普段から設計の仕事をしていますが、ヒューマンスケールが全然違うので。家づくりはやはりプロの方と一緒にしたいと考えていました。リノベ会社はたくさん調べましたが、施工事例を見て『私もこんな設計をしてみたいな』と感じたnuリノベーション(以下、nu)さんにお願いすることに決めました」と奥様。施工事例一つひとつから感じるデザインへのこだわりや、意匠の繊細な納まりからは、デザインに対する挑戦心のようなものも感じられ、そこにも共感を覚えたと言います。
また、nuへの依頼を決めたもう一つの理由が、品質へのこだわり。デザインは奥様に一任していたというご主人も、品質面については口コミを細かく読み込み、慎重に比較検討を重ねたそうです。
「長く過ごす空間として、品質には妥協したくなかったんです。会社によってかなり差が出る部分だと思っていたので、そこに重きを置いている会社さんがいいねと、妻と話していました」。奥様も、「初回の個別セミナーでアドバイザーさんが『品質に対して、時間もコストも掛けています』と正直に話してくれたのが印象的でした。普通なら濁しがちな部分を、『そこは妥協できないので』と断言してくれた。そのおかげで、逆にすんなりと納得できたかなと思っています」と続けます。
こうしてリノベーション会社を決定したお二人が空間づくりのテーマに掲げたのは、“暮らしやすさと、リラックスできる場所をつくり出す”ということ。木目調ではなく無垢材を、塗装風ではなく自然素材による塗り仕上げを選ぶなど、“素材に嘘をつかないこと”を大切にしたいと考えていたと言います。
引き算で導く本質
打合せに向けて、Pinterestなどでジャパンディスタイルの海外邸宅なども参考にしながら具体的なイメージを膨らませていったY夫妻。
「落ち着いた雰囲気がいいけど、持っている家具はそんなに日本風ではないので。IDEEの雰囲気や、伊礼智さんの建築などを参考に、流行に左右されない空間をつくりたかったんです」と、奥様。全体の雰囲気は和の落ち着きをベースとしつつ、純和風に寄せ過ぎない絶妙なバランスの空気感を目指したといいます。
空間を構成する素材は、お二人のリクエスト通り徹底的に無垢にこだわって設定。水回り以外の床は無垢の杉フローリング、壁や天井はエッグペイントや珪藻土クロスで仕上げ、手触り、足触りのいい空間をつくり上げました。
また、奥様が当初からこだわりを持っていた天井高の高低差もY邸の特徴の一つ。LDKは一般的なマンションの天井高であるH2.4mを確保しつつ、隣接する廊下や寝室はH2.1mに設定。この30cmの高低差が、2人にとっての“リラックスできる空間”をつくり出す鍵になっているのだそう。
「以前住んでいた賃貸は天井がすごく高かったんです。ホテルライクな緊張感のようなものが、私たちにとってはソワソワと落ち着かなくて。なので今回は思い切って低く設定してほしいとデザイナーさんに伝えました」。
実際に寝室に足を踏み入れると天井はグッと下がっているにも関わらず、引き戸や掃き出し窓など周囲がガラスで囲われているため実面積の倍くらいの広さがあるような不思議な感覚。朝日がのぼり、お部屋の中が白んでくる時間がとても気持ちがいいのだそう。
設計デザイナーがお二人に送ったコンセプト『Uzukuri』は、素材の凹凸を美しく浮かび上がらせる日本の伝統的な加飾技法・浮造りに着想を得たもの。天井高をあえて変化させながら奥行きを出し、それぞれのシーンにふさわしい『本質的に豊かな時間』を感じられる空間をつくり上げていくY邸にピッタリのコンセプトです。
また、廊下や寝室の天井高を抑えたことでLDKの開放感が引き立つ点も、高低差の恩恵。「天井を見上げた時に、真っ白というより落ち着く色があったほうがいい」という奥様の思いから、シナの木張りを採用しました。床と同じ杉材で板張りにする選択肢もありましたが、それでは家具が入った時の要素が多すぎると、あえて引き算を選択。無垢のダイニングセットの風合いも相まって、自然の中に身を置いているような心地よさです。
引き算の法則は、照明計画にも。全体を見渡しても天井照明が必要最低限しかついていないのは、奥様がリラックスというテーマを『五感』として紐解いて行った末に辿りついた結論なのだそう。
「『近代の建築は明るすぎる』とよく言われるように、人間って暗い方が落ち着くと思っていて。照明計画は引き算に振り切ることにしました。替わりに付けた正方形の間接照明はカバーがシリコン製なので光がやわらかくて、夜になるとすごくほっこりした雰囲気になるんです。低い、暗いって、意外とおすすめです」。
うっとりと語るお二人の表情からも、あたたかく過ぎていくナイトタイムが目に浮かぶようです。
奥様を中心に空間づくりのイメージがしっかりと固まっていたこともあり、打合せはスムーズに進んでいったというお二人。
打合せ中の設計デザイナーとの会話の中で、それぞれの空間での過ごし方について都度質問されたことが特に印象に残っているといいます。
「間取りを検討している時、『普段この空間でどう過ごされていますか?』『一日の中での滞在時間ってどれくらいですか?』と、タイミングごとに声がけをしてもらって、ハッとしたことは度々ありました。『お風呂はなんとなく広い方がいいよね』ではなく、自分たちの暮らしを本質的に考えるきっかけを作ってもらえたのはすごく良かったよね」と、奥様。世間一般のセオリーではなく、『自分だったら』を具体的にイメージして、実際の過ごし方から逆算していくことができたのは、Y邸の完成度を高める大きな要因になったようです。
そんな助言もあり、ユニットバスは既存よりワンサイズダウン。そのおかげで生み出されたのが、洗面スペースを中心とした回遊できる身支度動線です。朝の2人の過ごし方をリアルにイメージすると洗面を中心に回っていること、閉める頻度の低い扉はつけず、カーテンで仕切れれば十分であることなど、お二人の物差しで検討や引き算を重ね、プランニングをしていきました。
LDKから切り離されたこの回遊空間はご主人のお気に入りの空間になっているそうで、「意味もなく歩き回ってしまうんです(笑)。考え事をするのにちょうど良くて、家の中にお気に入りの散歩ルートができたような気分です」と嬉しそうに話します。
取材中も終始、奥様の話に耳を傾けながら静かに寄り添うご主人。その穏やかな存在感が奥様の空間づくりの熱意と共鳴し、Y邸ならではの豊かな空気感を生み出していることが伝わってきます。
自然体で居られること
「リノベーションって、実は凝ったことをしなくてもいいのかなっていうのは、今回の家づくりを経験して感じました」と振り返る奥様。職業柄、普段から「こういうの使ってみたい!」と思うデザインのストックが多かった奥様は、今回のリノベーションではその要素をピンポイントで詰め合わせるのではなく、全体を落ち着いて見渡すことを意識していたのだそう。
その言葉で表されるように、Y邸は回遊動線やガラスの引き戸など特徴的な間取りやデザインはあるものの、“何か一つがアイコニックなポイント”というわけではなく、心地いい布団にくるまっているようなあたたかい空気感が漂っています。
「キャッチーさとか、攻めてるなぁみたいなところはないけど、その結果意匠性が乏しくなったわけでもないと思っていて。突拍子のないことなんてしなくても、オーダーリノベーションである以上絶対に個性的な家になるんだなって」。
設計デザイナーと三人四脚で自分たちの価値観や暮らしを見つめ、突き詰めていったからこそ生まれた唯一無二の空間。奥様の言葉には、nuとお客様とでつくり出すリノベーション空間の本質が垣間見えたような気がしました。
シンプルに“自然体で居られること”を前提につくられた、お二人の空気感そのもののような空間。
自然素材の経年美化を味わったり、家族構成が変わったり。変化し続けていくこの家での暮らしは始まったばかりです。