グレーで統一し彩度を落とした空間を、生き生きとしたグリーンと家族3人の笑顔が彩るお部屋。個室1つ分の広さで作られた独創的で唯一無二の玄関は、どんな風に完成したのでしょうか。
2人で作り上げる住まい
「2人で面白いものを作りたい、っていう気持ちが前々からあって。そんな気持ちがリノベーションに行き着いたんです。」そう話すS夫妻。ご主人は広告などのビジュアルの加工を手がけるレタッチャーというご職業で、奥様は設計事務所で店舗の設計を手がけています。クリエイティブな夫妻が自分たちの住まいを手に入れるきっかけになったのが、もうすぐ2才になる娘さんの誕生でした。それまでは世田谷区の緑豊かな地域で暮らしていたというお2人。家族3人が暮らす唯一無二の空間を作るため、中古マンションを購入しリノベーションをすることを決断しました。2人が新しい住まいに求めたのは、広さと明るさ。「僕はもう少し都心寄りの場所でもいいかなって思っていたんですが、妻はとにかく広い物件を希望していて…そこだけは夫婦で意見が分かれたところでもありました(笑)」とご主人。奥様が物件の第一条件として広さを挙げた理由は、お2人のルーツにありました。北海道出身の奥様と、新潟出身のご主人。2人が生まれ育った家は東京のマンションに比べてずっと大きく広々としたつくりでした。だからこそ、十分な広さがあって開放感を感じられる物件であることは、S夫妻が心からくつろげる家づくりのために奥様が絶対に譲れない条件でした。実際に内見に訪れたのは梅雨明け直後の夏の時期。炎天下の中で娘さんを抱っこしながら4、5件ほど見てまわったと言います。さぞ大変だっただろうと当時のことを伺うと「色々な部屋を見て回るのが楽しくて、もっとやっていたいくらいでした!」とご主人。様々なお部屋を見た上で最終的に決め手になったのは、奥様の直感だったんだそう。「住んだ後のイメージが自然と湧いてきたんです。」という奥様の直感を頼りに、ここあざみ野で家族3人の新しい暮らしを始めることにしたのでした。
同じ時間を過ごす場所
壁の色は全てグレーで仕上げられているS邸。「私たち、なんでもグレーが好きなんです。」奥様は笑いながらそう話します。リビングの窓から奥の玄関まで届くほどのたっぷりの日光に照らされたグレーは、優しく穏やかで、少しアンニュイな独特の空気を演出します。壁のグレーに合うように、フローリングのオークもアッシュトーンに加工されたものをチョイス。対して寝室やWICの床は塩ビタイルなど比較的安価な素材を使用しています。その訳を伺うと「それぞれが個々で使うような場所はコストを削って、家族3人で過ごす場所にこだわりを尽くしたかったんです。」とご主人。家族が自然と集まる特別な場所を作り上げることは、部屋全体の設計のテーマにもなりました。以前住んでいたお部屋で夫婦が特にお気に入りだったというのが、カウンターテーブルを置いたキッチン。今回のリノベーションでも同じくキッチンには特に力を入れようと考えていたお2人でしたが、間取りの都合上既存の場所を大きく変更することができず、その計画は断念することになってしまいました。そんな時、一度見学に訪れたというnuの物件で見た土間のある空間が頭によぎったお2人。玄関を開けた瞬間から広々としていて、光と風が抜けることを感じられるその空間は、2人の求める理想にぴったりでした。家族3人が一緒に使う玄関。S夫妻はnuの設計デザイナーと一緒に、新しい玄関の形を探っていくことにしました。
世界で一つの玄関
様々なイメージソースを参考にしながらS夫妻が希望を絞り込み、デザイナーが3つのプランを提案。家族や訪れたお客さんがちょっと腰掛けてリラックスできるモールテックスのベンチに、インナーガーデンの要素を組み合わせた、これまでにない玄関の形が仕上がってきました。モルタルの耐久性をはるかに上回る高性能な左官材・モールテックス。ハイグレードな素材を思いきり使って完成した正方形のベンチは、ラフでありながら高級感のある仕上がりに。「デザイナーさんにモールテックスの面積を減らす提案も受けたんですが、どうしてもここはやりきりたい!と思って…。コストダウンの提案はとにかく却下させてもらいました(笑)」と奥様。そしてこの玄関にはもう1つ特筆すべきところがあります。それは正方形のベンチの一部を囲うようにして建てられたモクの壁について。この壁は、奥様がどうしても取り入れたかったという安多化粧合板というメーカーが扱うナラの合板。奥様のお仕事の店舗設計でも用いることが多く、その品質の高さは折り紙つきでした。そんな素材をどうしても取り入れたかった理由は、奥様とこのナラが同じ故郷の出身であったから。ご自身の出身地である北海道旭川の大雪山で採れたナラを使ったこの合板を、部屋のシンボルとして一番目立つ場所に使用したのでした。
広々、豊かな家族時間
普段手がけている店舗の設計と、自分たちの住まいの設計。両方を経験した上で感じた違いを奥様に伺いました。「店舗の設計は、お客さんを一目で惹きつけるために華やかさや高級感が重要で、機能性は意外と二の次になったりするんです。家は24時間ずっと過ごすことになるからこそ、気に入らないものは1つも無いようにして、どうしたら居心地がよくなるかを考えていました。」普段設計に携わる中でご自身の好きなものが明確であったからこそ、家づくりもスムーズに進んだんだそう。「宅配業者の方が玄関を開けるたびに「わぁ!」と声をあげ、そこから必ず会話が広がるんです。普通だったら話すことがないような方と思わぬところで会話のきっかけが生まれて、リノベーションをしてよかったなぁと嬉しくなります(笑)」と奥様。部屋に足を踏み入れた時、一番最初に目に入る場所をとびきり素敵にするという発想は、店舗の設計を手がける奥様だからこそのものだったのかもしれません。そんな玄関で、最も多くの時間を過ごしているというのがご主人。ゆったりと広く、窓からの光がたっぷり入るこの玄関で、娘さんに絵本を読んだり、1人の時間を楽しんだりしているんだそう。「『Ample』っていうコンセプトを最初に聞いたときは初めて聞く単語で戸惑ったんですが(笑)“広々”とか“豊かな”っていう意味がこの玄関にぴったりだなって思います。」3人の生活に無駄なものは削ぎ落とし、豊かな光と風が全体を満たすS邸。世界でたった1つの空間に、今日も家族3人の時間がゆったりと流れています。