数年前、nuリノベーションでご自宅をリノベーションしたmaruさん。
リノベをきっかけに変化したライフスタイルや、丁寧な暮らしをつむぐmaruさんの等身大の日常をお届けします。
桜の頃のお話
先日、地元の中学校の卒業式に参列させていただきました。
息子の母校ということもあり、はじめの校歌を聴いた途端にすでにウルウル。
子どもは13年前にとっくに卒業しているのですが、学校評議員のお役目として参加させていただきました。
私は現職に就く前の9年間小学校にて特別支援教育支援員として働いておりました。
もともと大学では児童学を専攻しており、他の学科から『児童学部は遊んでばかりいて〜』などとよく言われていましたが、確かに鬼ごっこなどの遊びの考察など、遊んでみないと学べない学部でしたので仕方がありません(笑)。
そんな経緯から普通クラスに在籍する、なかなか落ち着けないお子さんたちのフォローをさせていただいておりました。
いろいろな事情を抱えているお子さんが多く、会話をすることすらままならない中で、何ヶ月もかけて少しずつ心を開いてくれた時は何とも言えないほど嬉しいものです。
3年に一度異動があるので3回学校が変わり、どの学校にも数えきれないほどの思い出がありますが、最後の3年間をお世話になった学校ではこれまでにないほど過激で、過酷な経験をいたしました。
自分で言うのもおこがましいですが私はこの仕事を天職と思っていてある程度の自信はもっていたのですが、その学校に赴任した日にその自信は見事に崩れ去りました。
私を待ってくれていた子は入学式の時に大きな叫び声をあげ、先生に促されて途中退席をしました。
赴任初日だったので様子を伺っていましたが、これから先私に務まるのかと、初日から大きな不安に駆られたものです。
そんな不安を持っていようが持っていまいが子どもからのSOSは待ったなしなので、翌日からなんとかしなければなりません。
そんな時にいつも頭に浮かんだのは、常に子どもの目線で楽しみ、悲しみ、共感を大切にされていた、今は亡き大学の恩師のこと。当時は子どもたちと関わる先生の姿をよく目にしていましたが、その子たちを落ち着かせるために一緒に床の上に横たわり楽しそうにお話をされる先生を見た時、教授がそこまでするの⁈と思ったものですが、気づいたら私も子どもたちと一緒に床に寝転がっていました(笑)。
幸いにも赴任したその学校は公立の小学校であるにもかかわらずフリースクールのように困っている子どもたちへの対応がとても温かな学校だったので、私も気兼ねなく恩師の教えを実行することができました。
その学校での日々はそれまでで一番大変だったけれど、困っている子どもたちへの先生方の団結力は素晴らしく、そういう意味では一番心に残る、大好きな学校でもありました。
あれから6年、そんなご縁もあり、卒業式に参列させてもらうたびに彼らのことを思い出し、もう中学生だな、どうしているかなと思うのですが、最後の参列となった今年の卒業式で、何とその一番大変だった学校の校長先生と偶然お会いすることができたのです。
校長先生は今は教育委員会で働いておられて、祝辞を読まれるために中学校に来られていました。
あまりの懐かしさに立場もわきまえずに思わず声をかけさせていただくと、とても喜んでくださって、「あの頃は大変すぎてどうにかなりそうでしたよね」などとお話をしてくださいました。
そうか、校長先生でも大変だったのか、それなら私如きがへこたれても仕方がなかったんだな…、などと、式に参列しながら思わせていただきました。
今の全く異なる業種に就くにあたり、困っている子どもたちを見捨ててしまったような、逃げてしまったような負い目を心のどこかに持っていたように感じますが、最後の卒業式の参列でそのような思い出深い方とお会いでき、笑顔でお話をさせてもらうことができて、そんな負い目から私自身も卒業させてもらったような晴々しい気持ちになりました。
それにしても卒業生の瞳って何とキラキラと輝いていることでしょう。
彼らひとりひとりの未来が明るいものであるよう、願わずにはいられません。
今回の一枚はやはり、桜の写真で。
本文中の写真とこちらの写真は、廃校を訪れた際にフィルムカメラで撮らせていただいたものです。
私ごととなりましたが、最後まで読んでくださりどうもありがとうございました。
撮影・文:maru
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