建築家アルヴァ・アアルトやルイス・バラガンの自邸にインスパイアされた内装に、ユニークなインテリアやポップなアート。クリエイター夫婦と猫が送る、ノンストレスな暮らしとは。
感性の赴くままに
「猫と暮らしたかったんです。でも、ペットが飼える賃貸を探したら、中古マンションを買うのと金額が変わらなくて。二人とも古い建物やいい感じの古いマンションの雰囲気が好きというのもありました」。
そう話すTさんは、ご主人が映像プロデューサー、奥様がグラフィックデザイナーというクリエイター夫婦。都心の閑静な住宅地に立つ中古マンションを購入し、リノベーションしてお住まいです。成熟した感性の持ち主であるご夫婦は、新築の独特な上質さが好みではなかったこと、そもそも希望のエリアに新築がなかったことから、住宅購入は中古リノベーション一択だったといいます。
会社選びも直感でスピーディー。奥様が住宅情報サイトで偶然nuリノベーション(以下、nu)が手掛けたリノベーション済みマンションを目にして、デザインや雰囲気に一目ぼれ。早速nuにオーダー型リノベーションの相談に行き、そのままスタッフと物件探しに入りました。
しかし、なかなかペット可かつ希望を満たす物件がなく、「すぐにリノベをはじめられそう!」というテンションではなかったそう。6年ほど住んだこの街が気に入っていたこと、ご主人の学生時代の友人が多いこと、夫婦ともに通勤が便利であることから、エリアも譲れない条件でした。
「10軒くらいかな、1年くらいかけてゆっくり内見していきました。nuのアドバイザーには気長に付き合っていただきましたね(笑)。この壁が抜ける・抜けないといった専門的なことはもちろん、マンションの状態も細かく調べてくれて。『ここはちょっとアレだから売却が難しいかもしれない、購入はおすすめしません』など、こちらのリスクも率直に伝えてくれました。売主さんとの価格交渉や細かい調べごと、その他本来は自分たちでやらなくてはいけないことも全てお任せできて、本当に助かりました」と、ご夫婦。
担当のアドバイザー自身も自邸を中古リノベーションした直後で、「リノベーションは基本的に全て変更できるから、内覧時は今の住人のテイストや家の状態に引っ張られないように」など、経験者ならではの視点でアドバイスをくれたこともありがたかったと言います。
長期に渡った物件探しの末、ようやくペット可、立地、価格、日当たりの希望条件がそろった築38年のマンションに出会い、購入。60.13㎡というちょうど良い広さ、視界が開ける大きい窓、目の前に建物がなく眺望に圧迫感がないことも決め手になりました。
時を経たあこがれ
ようやく設計デザイナーと打合せが始まったTさん。間取り面で一番にリクエストしたのは、ご主人のワークスペース。多忙なご主人は、休日や深夜も自宅で仕事をすることがあり、奥様に迷惑をかけないために仕切られたスペースを必要としていました。そこで、リビングと寝室の間に場所を確保し、リビング側に室内窓を設置。LDKの窓から入る自然光がワークスペースまで届き、長時間の作業でも明るい気分でいられるよう工夫しました。
次にリクエストしたのは、広々とした洗面台。既存の洗面台は脱衣室内にあり、小さくて使い勝手が悪かったので、思い切って脱衣室の外に出し、玄関を入ってすぐの廊下に設置しました。
「広々としていてすごく使いやすいです。夫婦ともに喉が弱くて、新型コロナウイルスが流行する前から手洗いうがいを重視していたのですが、ここなら帰宅後すぐ使えるし、扉を触らずに済むので衛生的です」と、奥様。洗面台の下部に猫用のトイレ置き場もできて、一石二鳥です。
そのほかには、「限られたスペースでもどこかに棚が欲しい」という奥様の声を、設計デザイナーは空間マジックで実現。奥行きに余裕を持たせていたトイレの一部の面積を背面で隣接する寝室に譲り、寝室の壁面に造作棚をつくりました。奥様の素敵なアクセサリーや眼鏡がディスプレイ収納され、シンプルな寝室のアイキャッチになっています。
結婚前からずっとミッドセンチュリーの建築が好きで、特にアルヴァ・アアルトの自邸の雰囲気が好きだった奥様。アアルト邸の写真を熟視して研究し、内装に要素を取り込みました。板の先端を25mm幅ずつずらして貼ったリズミカルなLDKの床は、まさにアアルト邸。そのほかの空間も床にこだわり、脱衣室には海外の住宅事例から影響を受けたテラコッタ色のPタイル、ワークスペースから寝室には清掃性の良いグレーのフロアシートをセレクト。床だけは後から変えるのが大変なので、とことんこだわり抜いたと言います。
「R壁も絶対に入れたくてリクエストしました。古い建築って至るところにRがあって可愛いし、角がないので空間が柔らかくなるかなと。はじめはあちこちに入れるつもりでしたが、バランスを考えて、一番目につくLDKの壁と玄関の靴棚の天板だけにしました。アクセントカラーもどこかに入れたくて、扉を二人が好きなレモンイエローにしました。爽やかで気に入っています」と、奥様は柔らかく笑います。
この家で一番印象的なのは、室内窓と建具にあしらった十字モチーフ。ご主人は学生時代、メキシコのルイス・バラガン邸を観光し、その空気感や色づかいに心酔したそう。特に感動した、バラガン邸特有の交点が中心からずれた非対称の十字を、時を経て自邸にオマージュしました。
快適と幸せの重なり
こうして、シンプルな中にご夫婦の個性がつまった空間が完成し、念願の猫ちゃん(保護猫/コロ助くん)を迎えたTさん。家具やインテリアは、ご夫婦がそれぞれ一人暮らしをしていたときからの物を持ち寄っています。たまたま趣味が似ていて、同じようなテイストの家具だったり、同じブランドの照明をサイズ違いで持っていたりしたというから、羨ましい限り。ご主人の所持品だったダイニングのパントンチェア、レ・クリントの照明などは、新たなこの空間にもマッチしています。唯一新調したハーマン・ミラーのワークチェアと、室内窓の上部に取り付けたシャルロット・ペリアンの照明が、大のお気に入りなのだとか。
「賃貸時代に感じていた小さいイライラがなくなりましたね。例えば洗面台のドライヤーの納まりがスムーズになったり、スタンド型掃除機の専用置場があったり。洗面台は広くなって本当に使いやすいし、フラットにしたから掃除もラクです。コロ助の毛が抜けるから毎日掃除しているんですけど、床に溝がないからホコリや毛が溜まりにくくてラクですね」と奥様。友人が遊びに来ると、今後のリノベーションの参考に色んなことを質問されるそうです。
念願のワークスペースが実現したご主人は、その快適さに大満足のご様子。
「デスクを会社のデスクと同じ高さにしてもらったんです。仕事って、環境がちょっとでも変わるとやりにくくなるじゃないですか。それがなくて、会社と同じテンションで集中できていいですね。それと、室内窓は正解でした。ちゃんと日が入るから鬱々としないし、視線の先の出窓越しに外の様子も分かって、日が暮れてきたとか雨が降ってきたとか分かるんです。空間はちゃんと仕切られているのに、外界から完全にシャットアウトされていないのがすごくいいですね」。
自分たちで好きなものを選んでつくりあげた空間での暮らしは、小さな幸せをたくさん感じられると話すご夫婦。多忙ながらも、自然光の中でゆったりカフェラテを飲む時間、ご主人がDJブースで流す音楽に身をゆだねる時間が至福だと言います。今後はまだ飾れていない絵や布をディスプレイして、ますますアートな空間にしていきたいそう。
最後に、コロ助くんとの暮らしはいかが?
「今は来客に驚いて隠れていますけど、普段は安心しているのか何なのか、ずっと寝ていますね(笑)。私はこうして好きな家でコロ助と暮らせていることが幸せです」と微笑む奥様。Tさんとコロ助くんの穏やかな暮らしは、これからも続いていきます。
Interview & text 安藤小百合