
細部までつくり込まれた和の空間に佇む、北欧と日本の名作家具たち。古き良き旅館や日本家屋を思わせるノスタルジックな空間には、家族の温かい日常が流れていました。
玄人好み
東京都の東部に位置する、緑豊かな人気住宅地。この街に立つ築38年の中古マンションを購入したSさんは、建築士のご主人、IT企業に勤める奥様、7歳の長男、7カ月の長女の4人家族です。以前は同じエリアの賃貸戸建に住んでいましたが、第2子誕生を目前にマイホーム取得を決意しました。
「私が設計の仕事をしているからか、新品で既成の家に住みたいという意欲があまりなくて。それよりも要望どおりに色々とカスタマイズした家がよくて、最初からリノベーションを考えていました」と、ご主人。このエリアは近くに2つの河川があるため、氾濫したときのことを懸念して、高さのあるマンションを選択したと言います。
物件選びは自ら行い、3軒ほど内覧したというSさん。長男が通う小学校の学区内であること、隣接する公園の樹木が窓から楽しめること、形状が正方形でリノベーションしやすそうだったことが、この物件の決め手になりました。
リノベーション会社選びは、まず元々知っていた会社やインスタグラムで気になった4社に資料請求。その後、同業のご友人からnuリノベーション(以下、nu)を紹介されて施工事例をチェックしてみたところ、これまで見た中で一番惹き付けられたそうです。
「他のリノベーション会社は『こうやっておけば見栄えするだろう』みたいなデザインが多くて、結構ラフなんですよね。でも、nuさんはそうではなく、細かいところで勝負している感じがして。それは、建具のつくり込みだったり、コンクリート現しの塩梅だったり……。なんとなく玄人好みだし、私の要望を理解してくれそうだと思いましたね」と、ご主人。早速恵比寿のnuオフィスを訪ねたところ、担当アドバイザーとすぐに意気投合。落ち着いた人柄で安心感があり、Sさんご夫婦と波長も合ったことで、nuに依頼することを決めたと言います。
続いて登場した設計デザイナーの第一印象も、心に残っているそうで…。
「すごくオシャレで、打合せの部屋に入ってきたときもデザイナー然としていて。立ち振る舞いがカッコよかったですし、お話ししていてこちらの気分も上がる感じがしました」。
こうして、スタッフへの信頼と希望の中で、Sさん念願のリノベーションが始まりました。
縁あって、和
意外にも、デザインテイストに明確な希望は無かったというSさん。北欧家具や北欧照明が好きで複数所有していたので、それらが馴染む空間であることは一つの条件でした。また、リビングにたくさん家族の居場所があること、思い切りゴロゴロできる空間であることも望んでいました。
そんな中、Sさんは担当デザイナーが古民家リノベーションを扱っていた経歴があることを知り、『和』のテーマを発想。和空間と北欧家具は相性が良いこともあり、そこから一気に方向性が決まっていきました。
「今回、あえて自分で設計せずに他の方にお願いすることにしたのも、私にはない感性と刺激を受けたかったから。その観点でも、デザイナーさんの得意なところに合わせたいと思ったんですよね」と、ご主人。その思いをドンと託されたデザイナーは、とことん和に振り切った空間をイメージしつつ、広々LDKと必要数の個室がある3LDK+パントリーの間取りを設計していきました。
リビングの窓辺には、木でフレーミングした畳スペースを造作。ダイニングの床と18cmの段差を設け、出入りの際に必ず素肌が触れる縁(ふち)には手触りのよいアッシュの幅はぎ材を採用しました。小口はテーパ加工で先細りにすることで、見た目をスッキリさせるだけでなく、立ち上がる際に手をかけやすくしました。
また、お子さんたちが床遊びをしても安心なように、LDKの床材は住宅にはめずらしいリノリウムを採用。天然素材でできているのでヒヤッとせず、抗菌性もあって安心です。
この物件はリフォーム済で販売されていたため、キッチン・洗面・風呂・トイレは新品の既存設備を活用。購入時のキッチンは白い柄入りの面材でしたが、部屋の印象に合わせてグレーの面材に変更し、食洗機も追加しました。2畳のパントリーは、冷蔵庫や炊飯器など調理家電も収まる設計にして、リビングから見えるキッチンがゴチャつかないよう配慮。トイレはご主人が持っていた作家・安土草多(あづちそうた)さんの照明を取り付け、既存利用ながら好みの空間にアレンジしました。
居室は合計3つで、LDK内に箱型2.3畳の子ども部屋、リビング横に3.0畳のワークスペースと3.6畳の寝室を設置。WICの代わりにダイニングに奥行きたっぷりの壁面収納を設け、おむつ・工具・アイロン・薬・文具などの日用品はもちろん、ゴルフクラブ・ギター・チャイルドシートまで余裕で収まるようにしました。
玄関正面には、家族4人のバッグやランドセルが各々ぴったり収まる4マスの棚を造作。すべてのマスにコンセントを忍ばせて、会社用携帯や学校用タブレットをバッグに仕舞ったまま充電できるようにしました。「充電したまま持って行くのを忘れることがなくて、とても便利です」と、ご夫婦。ここまで開放感・デザイン性・利便性を両立して、総面積は63.96㎡というから驚きです。
北欧を愉しむ日本の家
この家に住んでまだ4ヶ月ですが、Sさんご家族はこの『和×北欧』の空間を存分に楽しんでいるそうです。お気に入りの畳スペースは大人が手を広げても余裕な幅で、温泉の湯上り処のような佇まい。風呂上がりにここで扇風機の風を浴びていると、本当に旅館に来たと錯覚するのだとか。
「近年はジャパンディが流行っていますが、そもそもジャパンディは北欧で出来た概念で、北欧テイストに和のテイストを足したものなんです。我が家が目指したのはそれではなく、和がベースの落ち着いた空間に、北欧の落ち着いたインテリアがある感じ。畳スペースについても、よくあるちょこんとした小上りではなく、昔ながらの民家にある茶の間と土間の生活スペースを現代版にアレンジした感じです」。
アルテックのビーハイブにFLOSの照明、セブンチェア、Yチェア、Tチェア、飛騨産業のロッキングチェア、低座イス…。すでに持っていた北欧家具も日本家具も、何十年もここにあったかのようにスッと馴染んでいます。nuのデザイナーによって障子や建具のラインが緻密に揃えられた空間、そして、歴史的デザイナーによって緻密にデザインされた家具たち。S邸から受ける端正な印象は偶然ではなく、すべてが計算し尽くされているからです。
「とにかくストレスが少ないですし、気に入らない部分や不便なことが一切ない。デザイナーさんと一緒に考え抜いた甲斐がありました」とご主人。奥様も「コンセントが各所にあるから、子どもが風呂上がりにウロチョロしても、そのとき居る場所でドライヤーできて便利です(笑)」と話します。
睡眠の質も上がり、朝スッキリ目覚めるようになったことも大きな変化。窓から見える木々を眺めたり、ベランダで育てている花々に水やりしたりするのが毎朝の楽しみで、日常の一瞬一瞬が特別なものになっているそうです。ダイニングの一輪差しに差してあるのは、ベランダから摘んできたお花。以前はインテリア雑誌を見ると羨ましく思っていましたが、今はこの家に満足しているため、そういう気持ちがなくなったと言います。
「実は設計途中で予算が足りなくなったのですが、そこで費用を削ってしまうと満足度も削れてしまうので、思い切って予算を増やしました。実際に住んでみて、変に妥協しなくて本当によかったと思っています。それと、デザイナーさんにお任せして思い切り自由に設計してもらったのも、結果的によかった。リノベーションはもちろん大変でしたが、大変さも含めて全部楽しかったですね」、ご主人はそうしみじみと振り返ります。
畳スペースに目をやると、息子さんが始まったばかりの夏休みをゴロゴロしながら満喫中。これからもこの空間で、家族の心が満たされる穏やかな日常が続いていきます。
Interview & text 安藤小百合