白をベースとした空間に流れる静謐な空気。既存を最大限に活かしてつくり出した唯一無二の暮らしには、クリエイターならではの視点で捉えた“モノ”への静かなリスペクトが込められていました。
築60年という選択
東京都目黒区に建つヴィンテージマンション。その一室をリノベーションして暮らすのは、プロダクトデザイナーのご主人と、絵の修復師のお仕事をされている奥様。そして、元気いっぱいのボーダーテリアの女の子・ムギちゃんです。
N夫妻のリノベストーリーの始まりは約1年半ほど前。ご結婚を機に当時住んでいた賃貸が手狭になったことで転居を考え始め、複数のリノベ会社に相談。家づくりの進め方や担当者との相性の良さを感じたnuリノベーション(以下、nu)に依頼することを決意したといいます。
「こだわりがあるからこそ、歩調を合わせてくれるnuさんのスタンスに心地よさを感じました。私たちの思いをしっかり汲み取ってくれそうだなと。物件探しも同じ会社に頼むのがベストだと思っていたので、ワンストップで任せられる点も魅力的でした」と、ご主人。
早速担当アドバイザーと内見をスタートしましたが、リノベーションと同じくらいマンション自体のデザインや雰囲気も大切にしたいと考えていたN夫妻は、決定打となる物件になかなか巡り会えなかったと言います。
「なかなか首を縦に振らない私たちに対しても、アドバイザーさんは根気強く付き合ってくれました。急かすようなことはしないけど、物件の良し悪しはしっかり判断してくれて」。「内見を重ねるうちに、アドバイザーさんの物件に対する反応が楽しみになってきちゃって。『今日の物件では“この物件いいですね”出るかな!?』と、夫婦で楽しみにしていました(笑)。時間は掛かりましたが、内見自体も楽しむことができました」と、顔を見合わせて微笑みます。
そんなタイミングで、以前から気になっていた築60年のヴィンテージマンションの一室が売却される情報をキャッチしたご主人。
「内見にあたっては、前所有者さんの意向で“内見への意気込み”を事前に提出するようにお願いされて。それだけ思い入れのあるご自宅だったのでしょうね。内見当日も売主さんが立ち会ってくださって。そういった思いも含め、いい物件だなと思いました」とご主人。
築60年というと、昭和・平成・令和と3つの時代を見つめてきた歴史の長い物件ですが、夫妻が感じ取ったのは古さへの不安では無く、時を重ねて深まる“物件への愛”だったそう。
「もちろん、耐震性能の面などは夫婦でも話し合いました。でも、愛されて年を重ねていったモノって、ただ古くなっていくモノとは違うんですよね。この物件も同じで、住人の皆さんや街に愛されていて。古さを超えるこの物件の良さがあると確信しました。今も、その決断に後悔はないですね」とご主人。
現に売却情報が出た途端に内見の申し込みが殺到したというこの物件ですが、縁あって購入することができたN夫妻。既存のモノへのリスペクトが厚いお二人は出会うべくしてこの物件に出会った、そう思わざるを得ない運命的なものを感じます。
既に在るものを大切に
内装は、前所有者がフルリノベーション済み。中央にキッチンやお風呂、個室がまとまった回遊的な間取りで、そのキッチンもビルドインのオーブンがついていたり、お風呂は在来浴室だったりと申し分ない設え。そんな既存の間取りや設備は最大限に生かし、二人の好きなテイストに空間を調和させていくことが今回のリノベのテーマとなりました。
「既存の内装は、キッチン周りや土間の壁一面、個室などに木板が貼られているデザインでした。それはそれで素敵なのですが、私たちは白やグレーを基調にした落ち着いた空間にしたくて。それと、建物の外観との親和性を感じられる空間にしたいという点も、リクエストとしてお伝えしました」。
“玄関扉を開けると別世界”というのは違和感があると、歴史を重ねてきたヴィンテージマンションの外観からの連続性を意識してデザインをまとめていった夫妻。白の塗装で統一した壁や天井は所々躯体現しの面を残しアクセントに。間接照明の灯りがふんわりと拡散され、新しいけれどピカピカではない塗装特有の質感が、既存利用した箇所と心地よく調和しています。
また、意匠面で特にこだわったというのが、凹凸をつくらないということ。コンセントや取手をフラットに納めること、建具もなるべく存在感を感じさせないシームレスな納まりとすることに、とことんこだわったそう。
「ここの引き戸は取手をつけなくても、框自体が手かけになる」「造作のキャビネットとキッチン腰壁の収納扉は、手掛けの寸法を揃えて美しくみせよう」など、普段からプロダクトデザインを手がけるご主人ならではのこだわりが随所に散りばめられ、N邸の上質な空気感をつくり上げています。
N邸を語る上で外すことができないのは、空間を彩るインテリアやアートの数々。
特にダイニング横の棚や玄関に立てかけられた動物モチーフの絵は銅板画家・村上早さんの作品で、ご主人がお父様から譲り受けたモノだそう。
「父が収集していた作品を、私や兄姉が少しずつ継承していて。実家にもまだまだたくさんあるんですけどね(笑)。安易に直視できない怖さもあるモチーフなので、他の絵を重ねたり布をかけて飾っています」。
ご自身が手がけたプロダクトはあまり家には飾らないと言いますが、中でも思い入れがあるものや、いつの間にか暮らしに馴染んでいたものはインテリアとして飾っているそうで、奥様が手入れをしているカラフルなお花と一緒に、シンプルなN邸に彩りを加えています。ダイニングチェアはご実家から持ってきたものやそれに合わせて購入したもの。ダイニングテーブルは、今回のリノベを機に購入したお気に入りのアイテムだそうです。
「普段はテーブルクロスをかけて使っているんですが、実はエクステンションテーブルなんです。来客時に広げられるのがいいなと思って。ソファも、今回のリノベに合わせて購入したオーダー品です。仕事柄ゲームクリエイターの知人もいるので、その方が手がけたゲームをしたり、ムギと遊んだりしています」。
ソファ正面のキャビネットは配線計画や通信速度を確保することなど、内部にもこだわって造作。特に、凹凸を極力無くしたN邸の中で、あえて框組を魅せるデザインとしている点が印象的です。
「本当はキッチンも置き家具のように見せたかったのですが、既存利用するキッチン天板の厚みとの関係で検討していたデザインが実現できなくて。それでも、キャビネットについては担当デザイナーさんと『あーでもない、こーでもない』『そもそもキャビネットとは?』みたいな会話をしながら、とことんこだわって造っていきました」。
N邸特有の静謐な空気感は、試行錯誤の末に出来上がったデザインの賜物であるということがひしひしと伝わってきます。
有無相通ずる
ご主人のリードで進んだ今回の家づくりですが、常に隣で見守っていた奥様の存在も心強かったと振り返ります。
「最終判断に迷ったら奥さんに意見を聞いてみたりして。その度に、『いいんじゃない?』とやさしく背中を押してくれました。自分の家をつくるのは仕事とはまた違う感覚なので、この空間は彼女の存在なくしてあらずだったなと心から思います」。
そんな奥様は、寝室横の空間を自身の籠りスペースとして整えていくことが目下の楽しみだといい、「以前の家でダイニング上に吊り下げていたゴールデンベルがお気に入りだったので、この部屋用にもらっちゃいました(笑)。まだまだ着手できていないんですが、少しずつ居心地を良くしていきたいなと思っています」と微笑みます。
そんな個室が隣接する廊下沿いには、既存利用したカウンターが。ここから見る夜景がとても綺麗だといい、時にはご夫婦でカウンターに並び夕食を取ることもあるそう。そんな日はムギちゃんもいつもより嬉しそうで、後ろにピッタリくっついてお二人の食事が終わるのを待っています。
「とてもやんちゃな子で。この回遊できる家を元気いっぱいに走り回っています。それはもう、サーキットかのように(笑)」。
夫妻が家にいる時間は、家中で自由に過ごしているというムギちゃん。「本当はムギの脚のことを考えてタイル床にすることも考えましたが、予算的に難しくて床は全て既存利用しました。意外に滑ることもないし、素材感も馴染んでいるので結果的によかったです」と、ご主人。
ご入居から約半年。マンションの総会に参加する機会があったという夫妻は、そこでもこのマンションが愛されていることを実感したといいます。
「他の居住者さんも建築好きな方が多くて、築100年を目指したい!という話題が出るくらい。だからこそ、街にも愛されるようなヴィンテージマンションになったんだなと改めて思いました」。
古さを感じないほどに美しい共用部は綺麗好きな管理人さんが隅々までメンテナンスしてくれているそうで、その姿を見かけるたびに幸せな気持ちになるのだそう。
マンション全体を包み込む心強く温かな空気とアップデートされたご自宅の心地よさを肌で感じながら、夫妻の新たな暮らしが紡がれていきます。