玄関土間からつながる開放的なLDK、本やボードゲームが並ぶ壁一面の造作棚、それぞれが自分の時間を持てる隠れ家のような個室、随所に空いた猫穴…。機能美が光る空間で綴られる、ご夫婦の暮らしとは。
はじまりは1匹の猫
都内でも特に空が広く感じられる、江東区。この一画に立つマンションに住むTさんご夫婦は、意外なきっかけからマイホームを検討しました。
「以前住んでいた賃貸のゴミ捨て場で、子ネコを拾ったんです。そのまま私たちで引き取ることにしたんですが、賃貸だと壁や床を引っかいてしまうし、ペット可の賃貸は少ないので、いっそ家を買っちゃおうかって」と、奥様は話します。
はじめは新築・戸建問わず、立地・価格・広さの条件をクリアする物件を見ていましたが、あるリノベ済みマンションに出会ったことで、状況が一気に加速することに。
「その物件は水回りが家の真ん中にあって、動線も素晴らしくて…。これまで一般的な田の字型の間取りばかり見てきた私にとっては、かなり衝撃でした。結局その物件は買えませんでしたが、リノベは何でもできることを知って、そこからは中古リノベ一本で検討しました」と、奥様は振り返ります。
たまたまnuリノベーション(以下、nu)でご自宅をリノベーションした知人から紹介を受け、早々にnuのアドバイザーと物件探しを開始。このマンションに決めたのは、こんな理由からでした。
「これまでも自分たちで散々物件を見てきたけど、他の駅や街はどこもストレンジャー感があったというか、街に受け入れてもらえていない感じがして。でも、ここの駅は降りた瞬間に『あ、住めそう』と思って、この街で物件を探そうとなったんです」と、ご主人。
内見中は、抜ける壁と抜けない壁、キッチンはどこまで動かせるか、トイレはここを軸に回せるなど、アドバイザーから細かく説明してもらえて安心できたそう。価格と広さの条件もクリアしていること、理想の間取りにできる確信も得られたことから、この築42年、71㎡の部屋を購入しました。
逆転の発想
Tさんがまず希望したのは、ネコちゃんも人間も快適な家。そしてお互いの友人を気兼ねなく呼べる間取り、お互いに距離を取りながら作業できる複数のワークスペース、イラストレーターのご主人のためのアトリエも、ご夫婦に必要なものでした。
そこでnuの設計デザイナーが提案したのは、それぞれの建具の隅や壁に曲線の“猫穴”を設け、空間を仕切りながらもネコちゃんが家中を思いのまま行き来できるようなデザイン。そして、玄関を入って右手にLDK、左手に個室を集約することで、LDKにどちらかの友人が来ていても、一方は個室で静かに過ごせるようにプランニングしました。さらに、リビング、寝室、ご主人のアトリエの計3カ所にデスクを設置し、気分に合わせて作業場所を変えられるように。ご夫婦にとっても、ネコちゃんにとっても、快適な動線と間取りが実現しました。
「私のアトリエは、背面をミラーにして広がりを出し、床はモールテックス、壁はOSB合板にして、屋外っぽい感じにしてもらいました。窓を開ければ風がたっぷり入るし、常に外とつながりを感じられます。3畳しかないので、窓と扉を閉めれば引きこもりモードで集中できるし、疲れたら他のデスクに移動すればいい。寝返りを打つように場所を変えて作業できるので、ずっと家にいても気持ちがラクです」とご主人は話します。
水回りを家の真ん中に集約し、脱衣室とWICが一箇所にまとまっているT邸の間取り。これは中古リノベのきっかけをくれたリノベ済みマンションの間取りにインスパイアされているんだとか。
「服を脱ぐ、洗う、仕舞うが一カ所で完結するので、天才的にラクです。WICの棚はIKEAの収納システムをDIYで取り付けました。自分たちでやるのも楽しかったですね」と奥様は微笑みます。
この家のアイコンであるリビング壁一面の造作棚には、数えきれないほどの本とご夫婦の趣味であるボードゲームがズラリ。色数を絞ったシンプルなLDKの中で、棚の背面のブルークロスがアクセントになっています。
また、持ち物のほとんどをWIC、本棚、パントリーに収納できているおかげで、個室には余計な収納家具を置く必要がなく、メリハリを持ちながらすっきり暮らせているのだそう。
「賃貸時代は家のサイズに合わせて後から家具を購入していたけれど、リノベは取り入れたい家具や家電に合わせて間取りや部屋のサイズを調整できる。これは発想の転換でしたね。実際、WICには既製品の収納システムを入れることを最初に決めて、それに合わせてサイズを決めました。WICに隣接する寝室も、WICのサイズに合わせて広さを調整しましたね」と、ご主人。リノベーションの体験は、ご夫婦の住宅の概念も変えたようです。
自然体で暮らす幸せ
この家に住んで約7カ月。入居当初は、あまりにも自然に住めて驚いたと言います。
「馴染むスピードがものすごく早かったですね。賃貸だと、住み始めてから必要なものを買い足したり、希望の位置にコンセントがなくて困ったりするけど、この家は私たちの暮らしを考えてフルオーダーでつくってあるから、予想外のことがありませんでした。私たちに必要なものをピンポイントでこの箱にギュッと入れられて、本当に“自分たち用の家”にできたからこそ、すぐに自分の家だと実感できたんだと思います。完成する前から、頭の中ではすでに住んでいたんですよね」と、ご夫婦は熱く話します。
目に映るすべてのものが、自分たちで選んだもの。それは想像以上の心地よさで、QOL(Quality of Life/クオリティ・オブ・ライフ)がスーッと上がっているそうです。“猫穴”のおかげで、ネコちゃんがドアをガリガリすることも無くなりました。ちなみに、ご主人はもともと床に寝るのが好きで、この家ではフローリングで寝たり、WICの堅い床で寝たり、寝室のカーペットで寝たりと、その日の気分に合わせて異なる寝床を楽しんでいるそう。仰向けでそれぞれの空間が目に入るたびに、リノベーションして良かったと実感するのだとか。
「友人が遊びに来ると、実際の平米数に対してかなり広く感じると驚かれます。キッチンが抜けているのが大きいと思いますが、同じ平米数でも間取りの組み立て方でこんなにも広さの感じ方って変わるんですね」と、奥様はLDKを見渡します。
こうして、1匹の捨て猫からはじまったTさんのリノベーション。おや、よく見ると2匹いる?
「この家には1匹じゃもったいない、もう1匹いける!と思って(笑)」と、新たに保護猫を迎えたのだそう。奥様は、キッチンで腰壁の上を歩くネコちゃんと目が合うとき、植物たちに水をあげているときに、特に心が満たされているのを感じるのだとか。
南から心地よい光が差しこみ、時間がゆっくり流れるT邸。空気が合う街ですみずみまで自分たちに合ったnest(住処)をつくり、呼吸をするように自然体で暮らす幸せを、Tさんはこれからも積み重ねていくことでしょう。
Interviewer & text 安藤小百合