荒川区町屋。都電荒川線が通る、昔ながらの下町です。そんな下町の喧騒から少し離れたある場所に、すっきりと爽やかな風の通り抜けるマンションの一室がありました。
当たり前の選択肢
Hさん夫妻と2歳になる息子さん、そして犬の『もも』が暮らすこの部屋は、モルタルのグレーと爽やかな白で構成される、シンプルなデザインの空間です。2人にとってリノベーションをするきっかけは、特別なものではありませんでした。息子さんが幼稚園に入る前までに物件を購入する予定でいたというお2人。その時すでに奥様の頭の中で、リノベーションは当たり前の選択肢としてあったと言います。ご主人の職場へのアクセスを重視していたこともあり、都心で暮らすことは絶対条件。価格からしても新築を購入することは考えていませんでした。前々から趣味としてリノベーションの事例集などをよく見ていたという奥様。たまたま読んでいた本の中でnuリノベーション(以下、nu)のワンストップサービスの紹介があり、物件探しから一貫して委託できるそのサービスが頭に残っていたんだそう。いざリノベーションをするタイミングが訪れた時、そのことを思い出して真っ先にnuに来社されたと言います。nuのアドバイザーと一緒に物件探しを始めてから、内見に訪れたのは現在暮らすこのマンションのみ。内見の前にじっくりと下調べをしていた中で最有力候補であったこの物件。ご主人の職場への近さはもちろん、希望の広さからゴミ捨てのルールなど細かい部分まで、2人の条件を全てクリアしていることが分かっていました。それでも決め手を確信したのは実際に訪れた時。これまで暮らしたマンションでも、特に気にしたことがなかったという窓からの眺望ですが、この物件の大きな窓から見える外の景色には、これまでにないような開放感を感じました。思ってもみなかったところが大きな決定打となり、2人はこの物件でリノベーションすることを決めました。
開放感と、『白とグレーと木』
デザインの主導権を握っていたのは奥様でした。ご主人はデザインを全て奥様に委ね、予算を担当。2人の間ではっきりと役割分担をされていたと言います。奥様がこれまで雑誌やネットでなんとなく眺めていた数多くの魅力的な空間。いざ自分の空間を造り上げるとなった時に、まず始めたのは自分自身が最も心惹かれるポイントを探ることでした。行き着いたキーワードは『開放感のあるリビング』。また、奥様の好きな色である『白とグレーと木』の組み合わせも大事なポイントになりました。たくさんの「好き」の中から行き着いた理想と、『好きな色』という自身のアイデンティティを調和させる、H家族のための空間づくりが始まりました。玄関を開けると部屋の奥まで続くモルタルの廊下。廊下からまっすぐ伸びるモルタルのラインは部屋の一番奥まで続き、その境界線によってリビングとダイニングが分けられています。「圧迫感を生み出す壁や仕切りはできる限り作りたくないけど、くつろげるリビングとご飯を食べるダイニングは分けたかったんです。」と奥様。そんな思いはまさに形になって現れていました。全体が白で統一された壁付キッチンも、奥様が当初から思い描いていたもの。真っ白な佇まいと北欧雑貨のアクセント、そして清潔感のあるつややかなタイルがマッチした風景はまるで海外の雑誌の1ページを見ているかのよう。「可愛いキッチンにしたかったので、せっかくなら見せたいと思って」という奥様の言葉通り、遮るものがなくオープンなキッチンは見ているだけで幸せな気分になるような仕上がりでした。白い壁に調和するインテリアのような電子レンジの前には小さな踏み台が。用途を聞くと、「それは、息子が電子レンジで牛乳を温めるときに使うんです(笑)」と奥様。ぜひその光景が見たい!とスタッフがお願いすると、息子さんはちょっと恥ずかしそうにやって見せてくれました。
手放すもの、出会うもの
玄関の廊下に面したガラス窓の寝室。3.8畳のコンパクトな空間ですが、ここでも求めたのは開放感でした。玄関を入ってすぐ目にする光景が圧迫感のあるものにならないように、壁は大きなガラス窓に。リノベーションをきっかけに購入したというお気に入りの照明が玄関からすぐ見えることも、ガラス窓を採用してよかったポイントでした。他に何もないシンプルな空間の中で、寝室を柔らかく照らす照明が美術館の美術品のように際立っています。部屋全体をぐるっと見回した後、H邸にはベッドがないことに気づきます。それもH邸の特徴の1つでした。以前夫妻が暮らしていた家には大きなベッドがあったそうですが、ある時思い立ってそのベッドを処分。作り付けの収納など便利なことも多いベッドですが、いざ手放してみると予想外の開放感があったんだそう。ベッドを置かない空間に必要になったのは布団をしまう場所。廊下とリビングの2方向からアクセス可能なWICは、棚の仕切りを作りすぎず、布団をしまえるゆとりを持たせたつくりになりました。寝室を出た廊下には洗面台が作り付けられています。来客時などのことを考え、廊下に作られたという洗面台。よく目に触れる部分だからと、予定以上に力を入れることになったんだそう。理想通りの洗面ボウルがなかなか見つからず、苦戦しつつもやっと巡り合ったという丸い洗面ボウル。その時のことを振り返って「デザイナーさんに言われて初めて気が付いたんですけど、私丸いものが好きみたいで。お風呂も洗面ボウルも、なんとなく丸っぽいものを選んでたんです。」とはにかむ奥様。空間づくりの中で、新しい自分の好みに出会ったと言います。
丁寧に作り上げた「何もない時間」
デザイナーとの打合せの度に、毎回念入りな下調べを行っていたと言う奥様。「当時は相当やり込んでいた気がします。大変だったけど楽しかったから、またやりたいですね。」と嬉しい言葉をいただきました。以前読んでいた雑誌も、リノベーションを経験した後に改めて見返すと新たな発見があるんだそう。「この壁はあえて塗らなかったのかな?それとも予算で妥協したのかな?とか…(笑)経験したからこそ色々見えてくるんです。」と奥様。新たな視点を持った今だからこそ空間づくりの発想は湧き続けるのかもしれません。そんな奥様が一日の中で最も好きだという時間は、家族が寝静まった後。「もともと何もない空間でボーっとするのが好きで。スケルトンの空間とか、美術館とか。コンクリートの冷たさを感じる空間が落ち着くんです。」雑然とした生活感からかけ離れたこのリビングには、奥様が好きだという空間と同じ空気が流れているように感じます。子育てや家事に追われて忙しくすぎていく日中の時間。だからこそ、広々としたリビングで過ごす「何もない時間」が尊く思えるんだそう。シンプルに、ミニマムに。それでいて丁寧に作り込まれたこの空間。モルタルのひんやりとした一本道に、今日もすっきりと柔らかい風が通り抜けます。