訪れる人々を迎え入れるクリエイティブな箱庭と、窓辺に設えた全長4.8mのモールテックスベンチ。幾何学的に張り合わされたフローリングとヘキサゴンタイル。『THAT’S ALL!』。そんな声が聞こえてきそうな、二人の想いがたっぷりと注ぎ込まれた空間とは。
ただものじゃない家
東京都江東区。駅からほど近い洗練された外観のマンションの一室に暮らすのは、アパレル会社を経営するN夫妻と、茶と黒の毛並みが美しい13歳の愛猫・アポ。昨年この物件を購入し、フルリノベーションをしました。
それまでは、道を挟んですぐのところにあるマンションを新築で購入して住んでいましたが、収納量や部屋の広さなどが二人のライフスタイルにマッチしておらず、不便を感じる場面が多かったといいます。
「コロナ禍前は事務所にサンプルの色見本や参考資料を置いていましたが、在宅ワークが中心になったタイミングで全て自宅に引き取ったんです。そしたらもう、リビングにいくつもボックスが積み重なっているような状態になってしまって…」。そう話す奥様はご自身のアパレルブランドを手がけるデザイナー。仕事とプライベートの境目がなくなってしまう状況に、気持ちが滅入ってしまうこともあったんだとか。
「好きな仕事だけど、線引きなくプライベートに流れ込んできてしまっているのは嫌だなと思って。そんな状況を打開したくて、住み替えてリノベーションしようということになったんです」。そうして物件探しをスタートしたN夫妻。収納や事務所スペース、プライベート空間も十分に確保できそうな広々とした専有面積の物件が近所で見つかり、今回の物件の購入に至りました。
初回のヒアリングで設計デザイナーと初対面した当初から「“ただものじゃない家”がつくりたい」と伝えていたというN夫妻。「せっかくフルオーダーのリノベーションをするんだから、普通じゃないところはあった方がいいなと思っていて」と、ご主人。「前の前に住んでいた家は、自分たちでデザインを考えて工務店さんにリフォームしてもらったこともありましたが、私たちも空間デザインにかけては素人なので。今回はプロの目線で素材選びや設備、収納の使い勝手など、計算し尽くされた家をつくりたいと思っていました」と、奥様も続けます。
造作ベンチや大容量の収納、家具のようにつくり込まれた造作キッチンなど、お二人の頭の中にあったイメージを具現化するべく、いよいよ設計デザインの打合せがスタートします。
唯一無二で彩る
N夫妻の思いを受け取った設計デザイナーがお二人に提案したのは『THAT’S ALL!』というコンセプトの空間。雑誌「VOGUE」の編集長アナ・ウィンターをモデルとした映画「プラダを着た悪魔」の中でもたびたび登場する、日本語で『以上!』という意味を持つこの言葉は、自分たちの思いを余すことなく空間づくりに反映させた“ただものじゃない家”がつくりたいと話すN夫妻にぴったりです。
打合せの中でまず初めに焦点になったのは、仕事とプライベートがちょうど良い距離感で共存する間取りをつくりだすこと。空間としては繋がっているけど気持ちは切り分けることができる、生活リズムの異なるお二人がそれぞれに心地よく過ごせるプランが必須でした。「私、超がつくほど朝型人間で6時に起床したらすぐに仕事を始めるんです。集中が続く時間って限られているので、主人が起きてくるまでの約2時間が仕事の1セット目という感じで(笑)」。「すごいですよね…(笑)。私は奥さんが1セット終えた8時くらいに起床するので。だからこそ、寝室と事務所スペースを一番離れた位置にレイアウトできたのはとてもよかったですね」と顔を見合わせて笑い合います。
ガラスのパーティションを隔てて寝室と隣り合うLDKは22.2Jの大空間。明るめのアッシュフローリングに並ぶ厳選されたインテリアが、上質な空気感を放っています。窓辺に造作したモールテックスベンチは、実は奥様がリノベ前にこの物件を内見した時から「この大きな窓の前に階段を兼ねたベンチがあったら良さそう!」と直感していたデザインが形になったものなのだそう。
「予算の関係で削るかどうか…という話も出たんですが、これは最後まで押し切ってよかったです(笑)。デザイン的にもそうですし、ここで過ごす時間も最高です」と幸せそうな表情。ベンチの一角にはアポちゃんのベッドが置かれていて、「今回のリノベーションで一番喜んでいるのは、アポかもしれません。特にこのモールテックスベンチが好きみたいで、日向ぼっこするシルエットがレースのカーテン越しに見えたりして」。ワークスペースや寝室を含め、家の中は自由に行き来できるというアポちゃん。猫トイレを設置した洗面室の壁には猫トンネルを設け、扉を閉めた状態でも自由に出入りができるようになっています。
洗面室とパントリーへの扉は、戸板自体は壁と同じ白で統一し、枠だけブラックを採用。なかなか見ないこの設えは、「何かしら色を入れたいという話は設計デザイナーさんに伝えていて。床の色を少し明るめに設定したので、黒が引き締め役になってくれていて、いい感じです」と奥様。
シンプルな色彩をベースとしたモードな空間に、ポイント使いした黒やビビッドカラーのインテリアがアクセント。N夫妻独自の感性で彩られた、遊び心を感じる空間に仕上がっています。
箱庭を介してLDKとゆるく繋がりを持たせた事務所スペースは、PC作業を中心に生地サンプルや参考資料を広げられるよう幅・奥行きの広いデスクを並べておけることを必須条件にプランニングを進めていったそう。ライティングにもこだわりがあり、生地の質感や色味を様々なシーンを想定して確認できるようにと、調光・調色が可能なダウンライトを設置しました。さらに事務所スペース横には、仕事関連の荷物だけを集約させた収納スペースも設え、とことん仕事のしやすい環境を整えました。
また、思っていた以上に広く取れたという土間スペースは、定期的に届くサンプルの箱を仮置きできたり、リビングを通過せずにエントランスから仕事場へ荷物を運び込めるため、使い勝手がいいと微笑みます。
「そこまで深く意図していなかったけど結果的によかった、と感じるところも結構あって。WICとSICは他の居室との関係でたまたまこのポジションで落ち着いた感じだったんだけど、これもすごくよかったなって。仕事のとき、私物のアイテムも合わせて撮影に持っていくこともあるので、エントランス周りに仕事場や服をまとめてゾーニングできたのはとてもよかったなと思います。『あるべき場所にあるべき収納がある』という空間が理想だったので、その思いが一番しっくりくるカタチでプランに落とし込めました」と、奥様。
等身大で暮らす
取材に同行した設計デザイナーも驚くほどに、こんがりと日焼けしたご主人。「夏、どこか行かれてたんですか?!新しい趣味とか?」という問いに、「そういうわけじゃないんです(笑)」と照れた様子のご主人は、なんでも自宅バルコニーで日光浴をすることが最近の日課なんだとか。「ワイドスパンだし結構奥行きがあって。上層階で人目も気にならないので、横になっていると気持ちいいんです。気がついたらこんなに日焼けしてしまって(笑)」。そんなバルコニーに面する大きな窓には猫用のハンモックも取り付けられていて、アポちゃんと一緒に幸せな昼下がりを過ごすご主人ののんびりとしたワンシーンが目に浮かびます。
一方で奥様の至福の時間を尋ねると、「ソファで寛いで、ポテチを食べながらテレビを見ている時が一番幸せ(笑)」と意外な回答が。「家で過ごしている時間が一番好きです。前の家は同じ東向きだったけど暗くて、服やモノも溢れてしまっていたので。今の家は全てがあるべき場所に収まっていて、心から寛げるんです」。
お二人の唯一無二の価値観が注ぎ込まれた“ただものじゃない家”で、等身大の暮らしをたのしむN夫妻とアポちゃん。二人と一匹の自由で朗らかな時間が、これからも紡がれていきます。